テーマ:「がん治療におけるアピアランスケア~最近のトピックもふまえて~」
講演者:野澤桂子氏(目白大学看護学部看護学科教授、臨床心理士)
日時:2025年12月6日(土)14:00~16;45
会場:資生堂汐留ビル
形式:対面とオンラインのハイブリッド
導入では、がん治療の副作用と言えば、一般人が想像するのは脱毛であるが、実際には、2割にも満たず、むしろがん治療で最も多い副作用は手術による傷跡であることがデータによって示された。私たちの「がん」に対する認識は、いかにメディアが流布するイメージに左右されているかが明らかになった。
次に、外見の変化が社会生活に与えた影響として、体調変化ではなく外見の変化を理由にネガティヴ行動が起こっていることを話された。現在、アピアランスケアが注目されている背景としては、がん治療の進歩によって、がんが死病ではなくなり、「がんと生きていく」時代になったことが挙げられる。がんが死病とされた時代においては、「生きてさえいれば、外見なんて」という考え方が主流であったのに対し、通院治療が一般的になり「がんと生きていく」時代においては、患者も引き続き社会との接点があり、他者の視線を常に気にせざるを得ない状況になる。
このように、がんに対する社会のまなざし、社会意識の変化によって、医療者の意識も「アピアランス」を重視するように変わってきた。一方で、社会意識の変化は政策にも影響を与えている。患者の権利意識の高まりと社会の変化が、がん患者支援に対する社会的コンセンサスを得るようになり、がん対策推進基本計画や各種規則の改定がなされた。また、ウィッグや乳房補助具の購入費への助成も行われるようになった。

近年のがん治療に関するトピックとしては、頭皮冷却装置の研究と設置の広がりが挙げられる。頭皮冷却装置の導入によって、30%ぐらいは脱毛を予防できたり、再発毛しやすくなるというが、課題としては、機器関連コストや通院治療センターのキャパシティの問題、患者の負担・副作用・日常生活の制限・費用も含めた心理的負担などがある。
また薬剤の変化により、脱毛の副作用はないが、ざ瘡様皮膚炎などの皮疹が出ることもある。従来は、体全体の中で何パーセント皮疹が出たかのみで、グレードを決定していたが、「アピアランス」の観点から見れば、体のどの部位に皮疹が出るか、顔に出るかなどを考慮することが重要になる。また、脱毛以外の毛髪の変化、例えばまつげの変化なども注視すべきであり、「まつげがくるんとカールしてしまう」などの症状により、男性も「かわいらしく」なってしまうことがある。抗がん剤治療の毛髪変化、皮膚変化と言っても患者によって千差万別であり、それぞれの症状に応じたパーソナルなケアが重要になってくると感じた。
がん治療における外見ケア方法に関する研究はまだ始まったばかりだそうだが、野澤氏は、2016年から『がん患者に対するアピアランスケアの手引き』を執筆されている。現在も「副作用症状の対処法としての研究」など最新の知見を踏まえた2027年版を手掛けられている。
今後、アピアランスケアを推進する上での課題としては、さらなる研究の蓄積が不可欠であることと、異文化・異分野とのコミュニケーションが必要であることを挙げられた。毛髪再生医療やしみ、傷跡などの治療に関しては、美容医療との適切な連携なども必要になってくる。ただ、情報がありすぎる現在においては、「どこまで行うのか」「何が必要なのか」を見極めることも重要である。SNSなど情報過多の時代を生きる私たちは、「賢い患者になる」ことが求められるだろう。
最後に、野澤氏は、「外見の悩みは社会との接点があるからこそ」という点を強調された。医療現場での2大疑問として、「患者さんの苦痛は、症状の程度に比例しない」ことと「患者さんの苦痛は、年齢や性別だけでは説明できない」ことが挙げられるが、それらはすべて「外見」というファクターを通して理解すると確かに腑に落ちる。
外見の悩みは社会との関係、社会からのまなざしと直結している。よって、医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア、アピアランスケアがますます重要になってくるのである。 しかし、野澤氏は、「外見をどう見せるかは、人が社会的動物として生きるための手段の一つに過ぎません」とも述べられた。「症状を隠しても、隠さなくても、逆に患者らしさを強調してもかまわない」とも。
今回の研究会を通して、アピアランスケアは、他者の存在に依拠せざるを得ない私たちが、外見的自由を生きるための手助けになると改めて実感した。
講演後の討議では出席者から「美容業界はアピアランスケアにどのように関わっていけばよいのか」といった質問があり、活発な意見交換がなされた。例えば、「患者向け=無香料」というのが最適解ではない、アピアランスケアに対する助成額が高くなればQOLが上がるわけではない、など。
また、野澤氏によれば、欧米の方が「美容ケア」への参入が容易であっためにアピアランスケア先進国のイメージがあるが、必ずしもそうではない。外見の悩みは社会との関係性によるという問題を深く掘り下げておらず、本質的なところにおいては日本の方が進んでいるのではないかということだった。氏をはじめとする日本のアピアランスケア研究の発展にいっそう期待したい。
(米澤 泉)
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